Kokeshi Second Angle,遠刈田系佐藤康広,吉郎平系列,早坂政弘

迫りくるふたり 左・早坂政弘工人作、2023、右・佐藤康広工人作、2023.

報告会概略

2023年12月10日、東京文具共和会館(浅草橋)で開催された「伝統こけしの発祥を探る報告会」は、こけしの歴史と技術に学術的アプローチから光を当てる貴重な機会となりました。

報告会ポスター

会場には文教大の加藤教授(児童文化)、東北生活文化大の鶴巻教授(芸術工学)、北折教授(保存修復)、鈴木教授(色材料・保存修復)、仙台で長きにわたってこけし研究を続けている高橋五郎氏、遠刈田系こけし工人の佐藤康弘工人など、多彩な専門家が集結しました。なお、この研究は三春郷土人形館、西田記念館、山形大総合研究所の協力を得て行われています。

報告会ではそれぞれの専門家による発表が行われましたが、中でも明治中期〜後期に製作されたこけしの分析と復元に関する研究に筆者は強い興味を持ちました。

対象となったこけしは、福島県三春町の三春郷土人形館に「らっここれくしょん」のひとつとして所蔵されている佐藤松之進工人作です(→Kokeshi Wiki 佐藤松之進の項参照)。現物は褪色が進み、胴体の模様が判別しづらい状態です。このこけしに芸術工学的に分析することで復元に挑むというものです。

紫外線域〜赤外線域を解説するスライド

ベースになるのは赤外線カメラ(リコーイメージング社製・ペンタックスKP-IR)を用いた撮影データです。このカメラの赤外線撮影機能は美術品の分析のほか、警察の鑑識分野(事故時のタイヤ痕の記録など)にも使われます。これは赤外線センサーが炭素成分に反応するためです。

マルチアングル撮影のしくみ。回転台に度数を表示し、5度刻みで撮影する

可視光線撮影では胴模様の色味が、赤外線撮影では黒色(墨)の描線やカスレ具合、筆法がはっきりと分かります。こけしは立体物なので、全容を解明するため回転台に載せ、5度単位で回転させながら多角的に撮影する「マルチアングル撮影」の技法が用いられています。

マルチアングル撮影のデータを接合し、作成された展開図

上記画像は可視光線撮影での展開図。マルチアングル撮影の画像をつなぎ合わせて平面にしたものです。

復元を担当した佐藤康弘工人によると、今まで分かりづらかった筆の入れ方(角度)がはっきり判別できると述べていました。さらに展開図を見ることで左右の鬢に大きな差があり、原作者である佐藤松之進工人のクセがよく分かると述べています。

こけしの形状や模様のパターンを記した「形見本」

一方、可視光線撮影データでは誰の目にもはっきりと判別できるほどではないものの、模様のパターンを記した「形見本」と比較することで類似の模様があると判断しました。

作品と鑑賞

正面図 左・早坂政弘工人作、2023、右・佐藤康広工人作、2023.

作例です。
東京こけし友の会2023年8月例会と12月例会で頒布された早坂政弘工人作(左)と佐藤康広工人作(右)を並べてみます。原作に対する両工人の捉えかたと表現の違いがよく分かります。

フォルムや左右の鬢の高低差、前髪のかすれなど原作を特徴づける要素は忠実に表現しながらも「現」作者の作風を少しずつ織り込んでいくところに写しの妙味があると考えます。

こうして並べると気の強いアクティブな姉と、おっとりと落ち着いた妹、という印象をバランスよく感じることができるでしょう。

全体図 左・早坂政弘工人作、2023、右・佐藤康広工人作、2023.
背面 左・早坂政弘工人作、2023、右・佐藤康広工人作、2023.

さきにも述べたように、原作の胴模様は高性能な可視光線撮影をもってしてもはっきりと判別できる状態ではありません。ここで重要になるのが工人の観察眼、判断、経験、感性、そして技術です。
両作品の胴模様には各工人の捉え方が見えてきます。

第68回全国こけし祭りコンクールで受賞した、早坂政弘工人作-1

ここで、2023年9月に鳴子温泉で開催された第68回全国こけし祭りコンクールで林野庁長官賞を受賞した早坂政弘工人の作品にも触れたいと考えます。

第68回全国こけし祭りコンクールで受賞した、早坂政弘工人作-2

コンクールの講評に印象深い一文が掲載されていましたので紹介いたします。

…心眼で凝視し、復元した。怪しげな迫力も十分に再現できており、見るものに対しても緊張感を要求するような作品となっている。初期のこけしには可愛さを超えた神秘性も必要であったが、この作品はその神秘性の再現にも成功した…

第68回全国こけし祭りコンクール審査講評より

今後「テクノロジー」と「テクニック」の融合が、こけしに対する理解や作品の復元を深める上で重要な役割を持つのではないかと考えます。
テクノロジーの側面では、赤外線撮影やマルチアングル撮影といった手法により、褪色や経年変化によって見えにくくなったこけしの細部を科学的に明らかにし、それがどのように作られたかを解析する可能性を高めています。

このテクノロジーを活かすのは、工人たちの知識や経験、感覚、熟練したテクニックです。単に古いこけしを模倣するのではなく、その作品が持つ歴史的な背景や文化的な意味を理解し、それを表現することではじめて鑑賞にたえうるものとなります。上に引用した講評の「怪しげな迫力」や「神秘性」を生み出すのはこの部分にあたると考えます。

関連・参考資料

  1. 国立情報学研究所のプレスリリースによると、藤田嗣治の油彩作品をスペクトルカメラで撮影し分析したところ、同じ白色でも顔料成分の異なる絵の具を使い分けていることが判明しています(→「フジタは紫外線によって赤、緑、青に蛍光発光する3種類の白を使い分けていた! ~レオナール・フジタ(藤田嗣治)が描いた肌質感の秘密を、蛍光スペクトル解析によって解明~」)。

Kokeshi Second Angle,遠刈田系こけし本,小笠原義雄

成育した虫によって穴を開けられたこけし

紫外線、地震、湿度…そして虫。

こけしに襲ってくる外敵は結構いますが木の中に入った虫も厄介なもの。卵が孵化して徐々にこけしの体内を食い荒らしていきます。

棚にしまっているこけしを取り出して鑑賞しようかと取り出したところ、棚板におがくずのような粉状の物体があることに気づきました。

底面の穴はピンバイスやろくろの爪ではなく、明らかに虫が開けたもの。「もしや…」と思ったときにはすでに手遅れで、虫はこけしを食い破って外界へ行ったあとなのでした。

平井敏雄著「こけしを食う虫(書肆ひやね、2000)」とえじこ(仙台、小笠原義雄工人作、2019)

東北大学名誉教授の平井敏雄氏(1937-2017)が著した「こけしを食う虫(書肆ひやね、2000)」によれば、こけしに穴を開けた虫の正体は「キクイムシ」で、原木に産みつけられた卵が5年〜10年近い時間をかけて孵化・成長し、やがて外へ出ていくとのこと。

対処法も記載されていますが、直径2〜3ミリの穴を見つけた段階で殺虫剤(DDVP、スミチオンなど)を注入する、5ミリ以上になるとすでに虫が出ていった可能性が高いので穴をパテなどでふさぐ、といった「対症療法」になってしまうといいます。

こけしに産みつけられた卵がいて、さらにそれが孵化して、成虫になって食い破る、というのは確率的に低く、むしろこうした場面に遭遇するのは貴重な機会と考えたほうがいいのではないかと思いました。もっともお気に入りのこけしに穴が開くのは哀しいものがありますが…


さて、「こけしを食う虫」を読み進めると、「虫」にはいろいろな種類がいることがわかってきます。
それはキクイムシとかシバンムシといった昆虫・甲虫の種類という意味ではなく、「こけし文化を侵食・破壊する存在としての『虫』」です。

平井氏はこうした「虫」に対しても真摯な科学的姿勢でひとつひとつ説明していきます。
当時のこけし界の指導者たちはこのような俗説と闘っていました。

特に1970年代のオカルトブーム前後から涌いてきた、こけしにまつわる事実無根な俗説などもそのひとつです。これらの俗説は興味本位で創作され、マス・メディアを通じて幅広い世代に広まっていきました。根底に地域に対する差別意識を含んでいたり、それらを助長することから放置できない問題です。

「俗説なんて分かりもしないやつが言ってるだけなんだから勝手に言わせておけばいい…」、「いちいち反応したところで大人げない…」これを許すといつかは俗説に侵食されて文化が壊れていきます。
フェイク・ニュースやポスト・トゥルースを例に取るまでもなく、現代においてもそのような危うさがあちこちにあり、進行形で文化が破壊されています。

ちなみに本の右にあるえじこは「虫に食われたえじこ」ではなくて「虫に食われた木で作ったえじこ」です。小笠原義雄工人曰く「虫とのコラボレーション」。

虫とのコラボレーション(仙台、小笠原義雄工人作、2019)