ネットオークションで「作者不明」とありましたが、出品写真をよく見れば鳴子温泉湯元の 岸正規 工人作と分かり落札しました。
底面には
「頭一ツ葉 胴みず木 正男型 岸正規」
と書かれています。なにかの暗号かと思いますが、ここに作品の基本データがすべて書いてあります。
この作品、頭部と胴部で材料が異なっています。
胴部はこけしの材料として広く使われている「ミズキ」、頭部は「一ツ葉」という材料を使っています。ネットで「ヒトツバ」と検索すると真っ先に出てきたのが「ヒトツバタゴ」。
最初、私は「珍しい材料を使っているなぁ」と思ってInstagramの説明欄に滔々(とうとう)と「ヒトツバタゴ」について書いてしまいました。
少し経って疑問が出てきました。
「あれ? ヒトツバタゴは熱帯圏の木なのになぜ鳴子で取れるの…?」
まさか鳴子熱帯植物園で採取するわけはないでしょう。
とんだ早とちりでした。
それでは「ヒトツバカエデ」ではないだろうか? と思ってみたものの、目の前のこけしと木材の見本写真で木目が違います。さて一体…?
こけしに使われる材料の名前を調べていて、「植物図鑑に載っている『和名』」と「その地域で呼ばれている『方言名』」に違いがあることに気づきました。
現物と木材の見本写真を照らし合わせて、ここでいう「一ツ葉」とは「アオハダ」のことではないかと思われます。
ちなみに東北地方で「ヒトツバ(もしくはヒトツパ)」の名で呼ばれている樹木には
アオハダ(モチノキ科)
ヒトツバカエデ(カエデ科)
ウラジロノキ(バラ科)
ハクウンボク(エゴノキ科)
などがあります。
判断が難しいと感じたのは「アオハダ」も「ハクウンボク」も「ヒトツバ」と呼ばれるところ。『こけしの旅(土橋・1983, p65-66)』では「ハクウンボク」を「ヒトツバ」、「アオハダ」を「ビヤベラ、またはベラベラ」と区別し、木肌は似ているが葉も花もまったく異なると説明しています。
この正規工人作は父親であり師匠である岸正男工人の型を継承しています。
頭のてっぺんがフラットになっているのが大きな特徴です。製作年は1991年頃と推定。
アオハダの細やかな肌がiPhoneの写真で捉えられているかちょっと厳しいところですが、感じは伝わってくるかと思います。まるで免許証の写真のような画像になってしまい恐縮です。
頭部にじっと寄ってみると木肌のきめ細かさと滑らかさがあり、蝋引きをしなくても光沢のある、とてもきれいな肌をしています。アオハダが頭部だけに使われたのは、胴部よりも緻密な加工を必要とするために硬い材質が適していたという理由のほかに、木地の漂白や蝋引きをせず「白くつややかな美肌感」が表現できる材料だったからではないでしょうか。
「こけしの微笑」で高橋武男工人の談に
こけしの素材はヒトツパが良いと思いますが、鳴子では多く頭の方に使って胴には使わないようです。
(「こけしの微笑」・深沢要・羨こけし P76)
とあります。
現在では頭部も胴部も同じ材料を使うのがほとんどですが、戦前には異なる材料を使う場合があったことが読み取れます。