Kokeshi Second Angleこけし本

北鎌倉の伝統的なこけしの写真、思い出と文化を伝えるアート作品.

伝統こけしの店「おもと」の思い出』(江草エスリー由香・著、スローウォーター、2025)を読みました。こけし小売店の店主が50年かけて見てきた、工人と愛好者の人間記録です。

横須賀線・北鎌倉駅近くに「おもと」というこけし専門店があります。
1975年の開店以来、店主が目撃してきた作者・愛好者の姿。この本では著者がひたすら聞き手に徹して記録しています。

こけし関連書籍といえば作品図録や体系を解説したもの、あるいは愛好者による蒐集遍歴を一人称で記述したものが多い中、本書は「店主の目線」という独特の視点で書かれています。

とりわけ読み応えがあるのは、愛好者たちの人間模様を描いた章です。一本のこけしに一喜一憂し、ときには同好に嫉妬をいだく…きれいに言えば「静かに、熱い」けれども、一節から滲み出る「業」の深さに同じ趣味を持つものであっても圧倒されてしまうのです。

ただ、本書に登場するかつての愛好者から学ぶのは、群れずつるまず自らの時間と居場所を追求する、すなわち「孤独を飼い慣らす」ことです。独り身であれ家族持ちであれ、自分の時間をいかに豊かに過ごすかを模索する姿は、「推す」、「つるむ」、「群れる」を行動原理とするSNS全盛の現代だからこそ着目したいところです。

こけしが持つ包容性・包摂性。時代を超えて支持されている理由はそこにあるのではないかと、本書を読んで考えました。

Kokeshi Second Angle,遠刈田系こけし本,小笠原義雄

成育した虫によって穴を開けられたこけし

紫外線、地震、湿度…そして虫。

こけしに襲ってくる外敵は結構いますが木の中に入った虫も厄介なもの。卵が孵化して徐々にこけしの体内を食い荒らしていきます。

棚にしまっているこけしを取り出して鑑賞しようかと取り出したところ、棚板におがくずのような粉状の物体があることに気づきました。

底面の穴はピンバイスやろくろの爪ではなく、明らかに虫が開けたもの。「もしや…」と思ったときにはすでに手遅れで、虫はこけしを食い破って外界へ行ったあとなのでした。

平井敏雄著「こけしを食う虫(書肆ひやね、2000)」とえじこ(仙台、小笠原義雄工人作、2019)

東北大学名誉教授の平井敏雄氏(1937-2017)が著した「こけしを食う虫(書肆ひやね、2000)」によれば、こけしに穴を開けた虫の正体は「キクイムシ」で、原木に産みつけられた卵が5年〜10年近い時間をかけて孵化・成長し、やがて外へ出ていくとのこと。

対処法も記載されていますが、直径2〜3ミリの穴を見つけた段階で殺虫剤(DDVP、スミチオンなど)を注入する、5ミリ以上になるとすでに虫が出ていった可能性が高いので穴をパテなどでふさぐ、といった「対症療法」になってしまうといいます。

さらに著名な収集家に話を聞くと、こけしを食品用脱酸素剤と一緒にビニール袋に入れ、数日間密封することで駆除することができるそうです。

こけしに産みつけられた卵がいて、さらにそれが孵化して、成虫になって食い破る、というのは確率的に低く、むしろこうした場面に遭遇するのは貴重な機会と考えたほうがいいのではないかと思いました。もっともお気に入りのこけしに穴が開くのは哀しいものがありますが…


さて、「こけしを食う虫」を読み進めると、「虫」にはいろいろな種類がいることがわかってきます。
それはキクイムシとかシバンムシといった昆虫・甲虫の種類という意味ではなく、「文化を侵食・破壊する存在としての『虫』」です。

平井氏はこうした「虫」に対しても真摯な科学的姿勢でひとつひとつ説明していきます。
当時のこけし界の指導者たちはこのような俗説と闘っていました。

特に米国のプロライフに影響を受けた日本の新興宗教組織が「水子」とその「供養」の概念を持ち出したことを端緒にした1970年代のオカルトブーム前後から涌いてくる、こけしにまつわる事実無根な俗説などもそのひとつです。これらの俗説は興味本位、あるいは意図を持って創作され、マス・メディアを通じて幅広い世代に広まっていきました。根底に地域に対する差別や人権侵害を含み、それらを助長することから放置できない問題です。

「俗説なんて分かりもしないやつが言ってるだけなんだから勝手に言わせておけばいい…」、「いちいち反応したところで大人げない…」これを許すといつかは俗説に侵食されて文化が壊れていきます。
フェイク・ニュースやポスト・トゥルースを例に取るまでもなく、現代においてもそのような危うさがあちこちにあり、進行形で文化が破壊されている状況を私たちは少なからず体験しています。

ちなみに本の右にあるえじこは「虫に食われたえじこ」ではなくて「虫に食われた木で作ったえじこ」です。小笠原義雄工人曰く「虫とのコラボレーション」。

虫とのコラボレーション(仙台、小笠原義雄工人作、2019)