Kokeshi Second Angle,こけし道中,弥治郎系佐藤美喜子,嘉吉系列

東京こけし友の会 4月例会で頒布された、佐藤美喜子 工人による3寸の作品。
胴模様に描かれた花はミヤマキリシマという九州の山地で自生するヤマツツジです。園芸用には「久留米つつじ」の名前で出回っています。

震災直後、佐藤誠孝 工人ほか一家3人は群馬県渋川市の赤城町へ避難したことがあります。赤城山の麓にはつつじが多く咲いていて、シーズンには多くの観光客で賑わいます。
佐藤英之 工人は震災で厳しい状況に追い込まれた時に見た力強く咲くツツジの姿に自分たちもこのように生きていきたい、と群馬テレビのインタビューで答えています(→下記動画参照)。

ちなみに誠孝工人の父、佐藤誠 工人は1950年頃に赤城町に隣接する前橋市総社で木地の仕事をしていたことがあります。総社町植野地区は木地玩具の産地として知られ、群馬総社駅前には近代こけしの先駆者、関口専司氏の記念碑が建っています。

高崎から列車で20分弱、前橋市にある群馬総社駅に降り立ちます。
駅前に立つ石碑には「関口専司翁之碑」とあります。
明治期に東京でろくろ技術を修得した専司翁が駅周辺の植野地区で木地玩具を製作したのが始まりだそうです。

群馬は水源が多く電化も早かったことから、大正10年代にモーター式ろくろが導入され、大量生産へシフトしていきました。これが戦後、白石市と同じく新型・お土産こけしの生産地として広く知られるようになり、さらには創造性を高めた近代こけしへと続いていきます。

こけし生産の拡大と電気の普及には関係があり、遠刈田においても北岡商店のようにモーター式ろくろを導入したことで事業者が複数の職人を雇い生産性を上げていきました。と同時に雇用主と労働者の関係が発生していきます。

現在も前橋市内では木地玩具や近代こけしを製造したり販売する事業所が複数あり、県内のみならず全国に製品を送り出しています。

Kokeshi Second Angle,弥治郎系嘉吉系列,富塚由香

2024年11月9日〜10日にかけて東京巣鴨のとげぬき地蔵尊高岩寺で開催された「東北地方復興支援 伝統こけし展示・頒布会」の会場では、岩附義正工人、富塚由香工人、吉野誠二工人が来場者にこけしの解説をしていました。
3工人に共通するのは「いずれも埼玉県在住の伝統こけし工人」。埼玉は隠れたこけし産地です。

そのひとり、富塚由香工人は蕨市に在住し、自宅の一室に工房を構えて製作しています。住宅街の中にあるので、ここにこけし工房があることを地元住民も知らないとか。
余談ながらこの場を割いて市内風景の一部をご紹介します。

埼玉県蕨市内風景-1 和楽備神社の七夕
埼玉県蕨市内風景-2 緑の残る錦町の一角
埼玉県蕨市内風景-3 旧中山道沿いの割烹料理店にて

さて今回、表題の作品を入手したのは「つややかな頭部の紫」に惹かれたからでした。
この色、初夏の採れたての茄子を連想して新鮮さを感じます。

同じ系統作品での発色をくらべて見てみましょう。同じ紫色でも工人によって色味は異なりますが瑞々しさを感じる発色であることがわかるかと思います。

この瑞々しい弥治郎の紫だけでなく、甘濃ゆい土湯の赤とそれぞれの産地独特の色味はありますが、どのような色素の配合で出しているのか、興味が湧くところです。