Kokeshi Second Angle,こけしのドラマトゥルギー,鳴子系直蔵系列,高橋まさの,高橋武俊

湯元・高橋武俊工人作まさの型、2023、2022.

「まさの型」と呼ばれる描彩を復元した高橋武俊工人の作品です。
原作者高橋まさのさん(1892-1947)は、分業制の時代に高橋武蔵工人の木地を描彩していた人物で、武蔵工人の妹です。

顔の描き方に兄・武蔵工人、胴部の菊の模様に父・亀三郎工人、そして葉の模様は遊佐雄四郎工人の影響が見受けられます。武俊工人はまさのさんに「筆遣いがとてもいい」と称賛を寄せており、「毛筆主体の時代に生まれた人と、鉛筆・ペン主体の時代に生まれた人は手の軸の置き方に微妙な違いがある」とも言及しています。

深澤要氏は著書「こけしの追求」で、まさのさんの面描は「頗る上手だった」と絶賛しています。

湯元・高橋武俊工人作まさの型、2022、2023.

左が2022年に製作された初号作品、右が2023年に製作されたVer.2。
胴が太めで描彩線が細めなのが左作品です。さらにダイナミックな筆遣いを表現したのが右作品です。
並べるとボリュームバランスのバリエーションが分かるのではないかと思います。右作品で鬢を3筆で描いているのはバランスの均衡を取るためです。

なぜ武俊工人は今、「まさの型」を復活させたのでしょうか。そのきっかけとなったのが次の写真です。

高橋(横谷)まさのさん遺影と描彩作品、1941年(湯元・玉子屋本店所蔵)

今から20〜30年前の話。湯元にある遊佐福寿工人の店舗で展示された蒐集家のコレクションにまさのさんが描いたこけしが含まれていました。蒐集界でも現物を目にする機会のほとんどないこけしだけに、まさのさんのご親族はこけしを借りて記念写真を撮ったといいます。

2022年2月、まさのさんの娘さんが97歳で亡くなったとき、遺品の中からこの記念写真が発見されました。武俊工人はこの写真をもとに「まさの型」を復活させました。

まさの型の復活は、彼女の遺した描彩作品への敬意、さらにその技術を継承しようとする高橋武俊工人の熱意によるものといえるのではないかと考えます。

1本のこけしに込められた思い出や家族の歴史が、新たな世代に伝えられようとしています。

Kokeshi Second Angle,遠刈田系こけし本,小笠原義雄

成育した虫によって穴を開けられたこけし

紫外線、地震、湿度…そして虫。

こけしに襲ってくる外敵は結構いますが木の中に入った虫も厄介なもの。卵が孵化して徐々にこけしの体内を食い荒らしていきます。

棚にしまっているこけしを取り出して鑑賞しようかと取り出したところ、棚板におがくずのような粉状の物体があることに気づきました。

底面の穴はピンバイスやろくろの爪ではなく、明らかに虫が開けたもの。「もしや…」と思ったときにはすでに手遅れで、虫はこけしを食い破って外界へ行ったあとなのでした。

平井敏雄著「こけしを食う虫(書肆ひやね、2000)」とえじこ(仙台、小笠原義雄工人作、2019)

東北大学名誉教授の平井敏雄氏(1937-2017)が著した「こけしを食う虫(書肆ひやね、2000)」によれば、こけしに穴を開けた虫の正体は「キクイムシ」で、原木に産みつけられた卵が5年〜10年近い時間をかけて孵化・成長し、やがて外へ出ていくとのこと。

対処法も記載されていますが、直径2〜3ミリの穴を見つけた段階で殺虫剤(DDVP、スミチオンなど)を注入する、5ミリ以上になるとすでに虫が出ていった可能性が高いので穴をパテなどでふさぐ、といった「対症療法」になってしまうといいます。

さらに著名な収集家に話を聞くと、こけしを食品用脱酸素剤と一緒にビニール袋に入れ、数日間密封することで駆除することができるそうです。

こけしに産みつけられた卵がいて、さらにそれが孵化して、成虫になって食い破る、というのは確率的に低く、むしろこうした場面に遭遇するのは貴重な機会と考えたほうがいいのではないかと思いました。もっともお気に入りのこけしに穴が開くのは哀しいものがありますが…


さて、「こけしを食う虫」を読み進めると、「虫」にはいろいろな種類がいることがわかってきます。
それはキクイムシとかシバンムシといった昆虫・甲虫の種類という意味ではなく、「文化を侵食・破壊する存在としての『虫』」です。

平井氏はこうした「虫」に対しても真摯な科学的姿勢でひとつひとつ説明していきます。
当時のこけし界の指導者たちはこのような俗説と闘っていました。

特に米国のプロライフに影響を受けた日本の新興宗教組織が「水子」とその「供養」の概念を持ち出したことを端緒にした1970年代のオカルトブーム前後から涌いてくる、こけしにまつわる事実無根な俗説などもそのひとつです。これらの俗説は興味本位、あるいは意図を持って創作され、マス・メディアを通じて幅広い世代に広まっていきました。根底に地域に対する差別や人権侵害を含み、それらを助長することから放置できない問題です。

「俗説なんて分かりもしないやつが言ってるだけなんだから勝手に言わせておけばいい…」、「いちいち反応したところで大人げない…」これを許すといつかは俗説に侵食されて文化が壊れていきます。
フェイク・ニュースやポスト・トゥルースを例に取るまでもなく、現代においてもそのような危うさがあちこちにあり、進行形で文化が破壊されている状況を私たちは少なからず体験しています。

ちなみに本の右にあるえじこは「虫に食われたえじこ」ではなくて「虫に食われた木で作ったえじこ」です。小笠原義雄工人曰く「虫とのコラボレーション」。

虫とのコラボレーション(仙台、小笠原義雄工人作、2019)